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近代文学で覚える異体字と歴史的仮名遣いその6

宮沢賢治「どんぐりと山猫」

どんぐりと山猫

宮沢賢治「どんぐりと山猫」一部抜粋

原文

山猫はひげをぴんとひっぱって、腹をつき出して言ひました。

「こんにちは、よくいらっしゃいました。じつはおととひから、めんだうなあらそひがおこって、ちょっと裁判にこまりましたので、あなたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆっくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまい年(とし)、この裁判でくるしみます。」

山ねこは、ふところから、巻煙草の箱を出して、じぶんが一本くはへ、
「いかがですか。」と一郎に出しました。一郎はびっくりして、
「いいえ。」と言ひましたら、山猫はおほやうにわらって、
「ふふん、まだお若いから、」と言ひながら、マッチをしゅっと擦って、わざと顔をしかめて、靑いけむりをふうと吐きました。

山猫の馬車別當は、氣を付けの姿勢で、しゃんと立ってゐましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらへてゐるらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。

そのとき、一郎は、足もとでパチパチ鹽のはぜるやうな、音をききました。びっくりして屈んで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、黄色いろの圓いものが、ぴかぴかひかってゐるのでした。

よくみると、みんなそれは赤いすぼんをはいたどんぐりで、もうその數ときたら、三百でも利かないやうでした。[註1]

現代語訳

山猫はひげをぴんとひっぱって、腹をつき出して言いました。

「こんにちは、よくいらっしゃいました。じつはおとといから、めんどうなあらそいがおこって、ちょっと裁判にこまりましたので、あなたのお考えを、うかがいたいとおもいましたのです。まあ、ゆっくり、おやすみください。じき、どんぐりどもがまいりましょう。どうもまい年(とし)、この裁判でくるしみます。」

山ねこは、ふところから、巻煙草の箱を出して、じぶんが一本くわえ、
「いかがですか。」と一郎に出しました。一郎はびっくりして、
「いいえ。」と言いましたら、山猫はおおようにわらって、
「ふふん、まだお若いから、」と言いながら、マッチをしゅっと擦って、わざと顔をしかめて、青いけむりをふうと吐きました。

山猫の馬車別当は、気を付けの姿勢で、しゃんと立っていましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらえているらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。

そのとき、一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるような、音をききました。びっくりして屈(かが)んで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、黄色いろの円いものが、ぴかぴかひかっているのでした。

よくみると、みんなそれは赤いすぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも利かないようでした。

出てきた異体字を覚えよう

青(あお)  当(トウ)  気(キ)
靑は丹(井戸の中の染料)と声符の生(あおい草が生じる)とで、あおい草の色をした染料、あおい意を表わす。 当は當の草体から。もとの耕地に匹敵する代わりの土地の意から、あたる意。葛西善蔵「子をつれて」にて既出の異体字。 気は、氣の略体。米+气(水蒸気がたちのぼる形)。水蒸気・いきの意。
塩(しお) 円(まるい)  数(かず)
塩は鹽の通俗体。鹵(しおの結晶)+監(→厳、きびしい)。刺激のあるしおの意。 円は圓の草体から。囗(とりかこむ)+員(まるい)。まるいの意。葛西善蔵「子をつれて」にて既出の異体字。 数は數の通俗体。攴(うつ)+婁(不断に続く)。うってつづけさせる、つづいたかずの意。[註2]

歴史的仮名遣いのフレーズを丸ごと覚えよう

「まあ、ゆっくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。」

「ぢき」は現代仮名遣いでは「じき」と書きます。「ゐ」は「イ」と発音し、現代仮名遣いでは「い」と書きます。「せう」は「ショー」と発音し、現代仮名遣いでは「しょう」と書きます。この原理は例えば「私は」と書いて「ワタシワ」と読む原理と同じです。

解説

宮沢賢治の童話は、見事なまでの岩手県へ没入と、自然と科学的知識を融合させた個性的な世界観で読む者を魅了してやみません。「どんぐりと山猫」は最初から最後までかわいらしいというかほっこりしたお話で、読み終えた後はとっても温かい気持ちになります。

上記原文に出てくる「一郎」というのは人間の男の子で、「どんぐりと山猫」の主人公です。一郎は、山猫から裁判のお誘いのはがきをもらったので、山猫に逢いに森の中へ入り、山猫と初対面した場面が上記原文となります。

今回改めて賢治の作品に触れて、自分、すごいドス黒い大人になってしまったなあと深く恥じ入り、思わず上記の絵まで描いてしまったのですが、サイト的にはいよいよカオスになってきました!アハハ

  

補註

註1:伊藤整他編集『日本現代文学全集〈第40〉高村光太郎・宮沢賢治集 (1963年) 』(講談社 、1965年)より引用。

註2:小学館辞典編集部 『現代漢語例解辞典 』(小学館、1996年 )参照。

近代文学で覚える異体字と歴史的仮名遣い

1.はじめに/2.夏目漱石「こゝろ」/3.坂口安吾「堕落論」/4.葛西善蔵「子をつれて」

5.太宰治「待つ」/6.宮沢賢治「どんぐりと山猫」/7.高見順「あるリベラリスト」

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