くずし字で楽しむ江戸時代の暮らしと文化

古文書ネット

  1. HOME
  2. 浮世絵
  3. はしか絵

はしか絵その7

麻疹養生伝

史料

麻疹養生伝(はしか絵)

※無断転載禁止

解説

このはしか絵の特徴は、なんと!麻疹(はしか)の流行の歴史を記述しているところで、麻疹一つとっても歴史ってあるんだなあと深く感じ入ってしまいます。

図版によると、「麻疹は日本書紀曰く、敏達(びんだつ)天皇[?~585]にはじまり、身分問わず死傷多し」とのこと。そして「或る書によると、聖武天皇の時代、天平7年に疱瘡(ほうそう)がはじめて流行し、麻疹は同九年にはじめて流行った」そうです。

そして江戸時代の麻疹の歴史を細かく記したあと、麻疹は「天平より享和(江戸時代後期)まで一千七十六年の間、数度の流行にして、しかも生涯一度の病(やまい)にて、二度病ことなきは一つの不思議だ」と述べてます。

文末にははしか絵のお決まり、麻疹にかかった時食してよいものとして、かんぴょう、ニンジン、小豆、水飴等を挙げています。

参考までに下記に図版の解読文を載せましたので、お暇な時にでも日本人を長年、悩ませ続けてきた麻疹の歴史をチェックしてみてくださいね。

  

解読文

麻疹養生伝(はしかやうじやうでん)

此三字 此三字(このさんじ)を書(かい)て、家(いへ)のうちに貼(はり)おけば、きはめて、はしかかろし、故にこの画中(ぐわちう)にしるす、西国(さいこく)にては、昔(むかし)よりこの符(ふ)によりてこれをまぬかれ、又はかろくする事と云云

日本書紀(しよき)に曰(いわ)く、敏達天皇(びだつてんわう)四十年、此症(やまひ)はじまり、上(かみ)は百官(ひやくくわん)下万民(しもばんみん)に至(いたる)まで、死傷(ししやう)多(おほ)しと云

或書(あるしよ)に疱瘡(ほうそう)は聖武天皇(しやうむてんわう)天平(てんへい)七年はじめて流行(りうかう)し、麻疹(はしか)は同九年にはじめてはやる

そののち桓武帝(くわんむてい)延暦(えんりやく)九年まで、其間(そのあひだ)五十四年めにして流行(りうかう)し、又二百十九年め長徳(ちやうとく)四年に流行(はや)り、また四百七十四年めにあたり文明(ぶんめい)三年に流行す

年数(ねんすう)遥遠(はるか)なれば、さだめて其内(そのうち)に麻疹(はしか)はやるともしらず、病(やむ)たる人(ひと)多(おほ)く有(ある)べし

文明(ぶんめい)より、三七年め永正(えいしやう)四年にまたおこなはれ、そのゝち百四十四年め慶安(けいあん)三年にはやり、また四十二年めにして流行し、是(これ)元禄(げんろく)三年なり

又四十め享保(きやうほう)十五年めにはやり、二十四年の後(のち)、宝暦(ほうれき)三年流行、また二十年め、安永(あんえい)五年おこなはれ、そのゝち、二十八年め享和(きやうわ)三年にはやり、

凡、天平より享和まで一千七十六年の間、数度の流行にして、しかも生涯一度病て二度病ことなきは一つの異なり、享和より二十二年め天保七申年流行、夫より、廿七年目にて當戌年海内(かいだい)に流行す

食(しよく)して宜(よろ)しきもの

一やき塩(しお)、一かんぴやう、一ほし大根(こん)、一ゆりの根(ね)、一ニンジン、一かたくり、一古みそば、一上葛(くず)、一くろ豆(まめ)、一氷(こほり)こんにやく、一越瓜(しろうり)、一冬瓜(とうがん)、一隠元豆(いんげんまめ)、一十六さゝげ、一鹿角菜(かじき)、一小豆(あづき)、一やえなり、一水飴(あめ)、一白雪羹(はくせつこう)、一麩(ふ)・酒はあし、一鮑(あわび)・酢貝にてはあし

史料情報

  • 表題:麻疹養生伝(はしか絵)
  • 年代:文久 2. 4(1862) /出所:五雲斎貞秀/宛所:両国大平板/形態:一枚
  • 埼玉県立文書館寄託 小室家文書6369-3
  • 当サイトは埼玉県立文書館から掲載許可を頂いてます。
  • ※無断転載を禁止します。

はしか絵

はしか絵とは麻疹軽くする法麻疹養生心得方麻疹養生之おしえ痘瘡麻疹水痘[養生法]

はしか童子退治図/麻疹養生伝/麻疹厄はらひ

関連記事

錦絵

頼朝上洛図子供あにひ纏固図小和漢獣物大合戦之図百器夜行持丸たからの出船地震雷火事親父

かわら版

1.かわら版とは/2.象見世物その1/3.象見世物その2/4.象見世物その3/5.虎見世物その1

6.虎見世物その2/7.黒船来航その1/8.黒船来航その2/9.アメリカ・ロシア人1/10.アメリカ・ロシア人2

11.オランダ人と貿易その1/12.オランダ人と貿易その2