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荻生徂徠・政談その10

歴史に学べ!

夏、殷、周の三王朝
長きに渡り繁栄した古代中国の夏、殷、周の三王朝

今も昔も政治は問題山積み!

貧困問題や経済問題、江戸時代の政治も現代と同じ課題に直面していました。徂徠は政談(巻二)において吉宗にまず、歴史に学べ!と提言しました。具体的な内容を下記に見ていきましょう。

古(いにしえ)の聖人の道

龍

「総じて天下国家を治める道は、古(いにしえ)の聖人の道に及ぶものはない。

古の聖人、堯・舜・禹・湯・文・武・周公は天下をよく治められ、その道を後世に遺された。その道によらずして、これを救う道を知ることはない。

この道を伝えられたのは孔子で、その孔子のお言葉に「恵みは費やさずして」というのがある。

それは僅かな金を費やさずして下の恵みとなる、という意味だ。この道を会得すれば、世界の困窮は直るだろう。幸いにこの道は今にも遺ってあるので、なすべき方法なしと細かく考えずにおくべきではない。

ゆえに古の道に基づき、上下の困窮を救う方法以下に記す。」

繁栄した歴代の中国王朝

「いにしえの聖人の上下の困窮を救う道と言っても、別に一種の妙術を使うわけではない。ただ、いにしえの王である禹(夏王朝)、湯(殷王朝)、文(殷王朝)、武(周王朝)の代はそのやり方がよかったので、数多くの年数を経ても、世界がすぐに困窮しなかった。

これにより、三代ともに(夏王朝17代は439年、殷王朝28代は644年、周王朝35代は874年)何れも5百年の久しきを過ごした。

壺

漢・唐・宋・明の代にもそのやり方の替わりがある所、何れのその時代、時代の勢いの様子を考えて、社会全体がすぐに手に入り、すぐに治める筋を思案したものだけど、その善いと思う所は、三代の聖人のやり方に背いたので、却ってその所より害が生じて、国が乱れるきっかけとなったのである。

されども漢・唐・宋・明ともに全体は聖人の道にのっとったお陰で、何れも大抵、三百年(前漢213年、後漢196年、唐290年、宋320年、明277年)の世を保った。」

短命だった鎌倉、室町幕府

「日本でも、淡海公(藤原不比等)が唐朝のやり方に基づいて、律令格式を作って、これをもって国を治められ、三百年余りを経て天下・武家の手に渡った。

その後、鎌倉は百年にて亡び、室町家は百年にて大いに乱れた。何れも不学によって、三代(夏、殷、周)の先王の治めることを知らなかったゆえ、年数は甚だ短い。

異国の漢・唐・宋・明の代々の治め方を三代の聖人の代のやり方とつき合わせて見て、その不正な所と正しい所を考えてみれば、国の敗れる起こりが明らかになる。

されども、何れも皆、上下の困窮によって世の乱を生じたことは、古今通して同じであれば、困窮になった原因を第一に吟味すべきことである。」

  

政談の現代語訳について

当サイトの政談の現代語訳は、吉川 幸次郎, 丸山 真男, 西田 太一郎, 辻 達也 (著)『日本思想大系〈36〉荻生徂徠 (1973年) 』(岩波書店、1973年)をもとに当サイトの運営者が現代語訳しました。

その際、荻生 徂徠 (著), 尾藤 正英 (翻訳)『荻生徂徠「政談」 (講談社学術文庫) 』(講談社、2013年)も参考にさせていただきました。

荻生徂徠・政談

1.荻生徂徠とは/2.政談とは/3.譜代と出替り奉公人/4.旅宿暮らしの武家/5.武家は田舎に居住すべし!

6.江戸の医者の特徴/7.城下町居住の理由/8.外様と譜代の違い/9.貧困問題について/10.歴史に学べ!

11.貧困を救う道/12.金で物を買う将軍/ 13.スピード社会・江戸/14.スピード重視の家

15.衣服の制度がない/16.上に立つ者の品格/17.代官とは/ 18.御徒・与力とは/19.人の器とは

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