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荻生徂徠『政談』10

歴史に学ぶ大切さ

夏、殷、周の三王朝
古代中国の夏・殷・周の三王朝

江戸幕府が抱える困窮問題荻生徂徠は『政談』において吉宗にまず、歴史に学べ!と提言。それは『論語』に見られる孔子の教えそのものです。

荻生徂徠『政談』巻之二

1.古えの聖人の道

龍

「総じて天下国家を治める道は、古(いにしえ)の聖人の道[1]に及ぶものはない。

古の聖人 堯・舜・禹・湯・文・武・周公は天下をよく治めたまいて、その道を後世に遺したまう。その道に依らずして[2]、これを救う道を知るべきようはない。

この道を伝えたまえるは孔子にして、その孔子のお辞(ことば)に「恵而不費(けいして ついえず)[3]」と言うことあり。それは一銭を費やさずして下の恵みとなる、という意だ。

この道を会得せば、世界の困窮は直るべし。幸いにこの道今に遺りて有る[4]のに、それを詮方なしとして究明せずに置くべきでない[5]。故(ゆえ)に古の道に本(もと)づき[6]、上下の困窮を救う道を左(以下)に記す。

2.歴代中国王朝

古の聖人の上下の困窮を救う道とて別に一種の妙術を設けられたにも非ず。ただ古えの禹(夏王朝)・湯(殷王朝)・文(殷王朝)・武(周王朝)の御代(みよ)はその仕方宜しき故、数多くの年数を経ても世界(社会)が早く困窮せず。

これより三代共に(夏王朝一七代四三九年、殷王朝二八代六四四年、周王朝三五代八七四年)何れも五百年の久しきを過ぎたり。

漢・唐・宋・の代にもその仕方おのおのに替わりが在って、何れのその時代時代の勢い様子を考えて、世界が早く手に入り、早く治める筋を了簡した。しかしその善いと思う所は三代聖人の仕方に背く故、却ってその所より害生じて、国の乱れる端となった。

されども漢・唐・宋・明共に全体は聖人の道に則った験(しるし/証拠)にて[7]、何れも大抵三百年(前漢二一三年、後漢一九六年、唐二九〇年、宋三二〇年、明二七七年)の世を保った。

3.短命の鎌倉・室町幕府

日本にても淡海公(たんかいこう/藤原不比等)が唐朝の仕方に本(もと)づいて律令格式を作って、これにて国を治めたまい[8]、三百年をへて天下は武家の手に渡る。

その後鎌倉は百年にて亡び、室町家は百年にて大いに乱れる。何れも不学にて、三代先王の政治に則ることを知らざる故、年数甚だ短い。

異国の漢・唐・宋・明の代々の治め方を三代聖人の御代の仕方と対(つき)合わせて見て、その曲直(きょくちょく)の所を考え見れば[9]、国の敗れる起こりは明らかだ。されども何れも皆上下の困窮により世の乱を生じたことは古今一轍(いってつ/同じ)なれば、困窮に成るべき原因を第一に吟味すべきことである。」

  

補註

『論語』篇名 文章番号

  1. 古の聖人の道…為政23「殷は夏の(れい)に因(よ)る…周は殷の禮に因る…其の或いは周を継ぐ者は百世と雖(いへ)ども知る可(べ)きなり。」
  2. その道に依らずして…雍也17「何ぞ斯の道に由(よ)ること莫(な)きや」
  3. 恵而不費…堯曰02「君子 恵(けい)して費(つひ)えず。」
  4. この道今に遺りて有る…子罕05「文王(ぶんわう)既に没す。文(ぶん)玆(ここ)に在らずや。」
  5. 詮方なしとして…衛霊公17「之れを如何 之れを如何と曰わざる者は、予れ之れを如何ともすること末(な)きのみ。」
  6. 古の道に本づき…学而02「君子は本(もと)に務む。本立ちて道(みち)生(しょう)ず。
  7. 聖人の道に則った験…八佾09「足らば則ち吾れ能く之れを徴(しるし)とせん。
  8. 律令格式を作って…里仁13「能く禮譲を以つて國を為(をさ)めんか、何か有らん。」
  9. その曲直の所を…為政19「直を挙げて諸れを枉(まが)れるに錯(お)けば、則ち民服す」

参考文献

現代語訳について

当頁『政談』は、辻達也 校注「政談」『日本思想大系〈36〉荻生徂徠』(岩波書店、1973年)をもとに当サイト運営者が現代語訳。直訳を心掛けた。

その際、尾藤正英 (翻訳)『荻生徂徠「政談」』(講談社、2013年)も参考にした。

補註について

補註は当サイト独自に平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社, 1980年 )を参照して附した。

荻生徂徠『政談』

1.荻生徂徠とは 2.『政談』とは 3.武士の正規・非正規 4.武士の暮らし 5.武士の貧困

6.医者 7.国替 8.外様と譜代 9.国の困窮 10.歴史に学ぶ 11.貧困の解決策 12.経済活動

13.スピード社会 14.物づくり 15.衣服 16.品格 17.代官 18.御徒・与力 19.人材登用

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