荻生徂徠『政談』巻之二
1.上から下まで困窮
「太平久しく続く時はだんだんに上下困窮し、そうして綱紀乱れて終(つい)に乱を生ず。
日本・中国、古今共に治世より乱世に移ることは、皆世の困窮より出ること、歴史はしるし[註1](実証し)、鑑みても明らかである。
故に国家天下を治めるには、まず富(とみ)豊かなる様にすること、これ政治の根本である。管仲(春秋時代、斉の宰相)が「衣食足リテ栄辱(名誉と恥辱)ヲ知ル(『史記』管晏列伝)」と言い、孔子も「富ニシテ後教ル[註2]」と最もである。
暮らし困窮して衣食たらざれば、礼儀を嗜(たしな)む心がなくなる。下に礼儀なければ、種々の悪事はこれよりして生じ、国遂に乱れることは自然の道理である。」
「所詮は皆困窮により生ず。国の困窮するは病人の元気尽きるが如し。元気尽きれば死すること必然の理なり。」
2.金を出せばいいってもんじゃない
「さればその困窮を救う道は如何にと言うに、愚なる輩はただ上の御救い御救いばかり言って、金銀等を賜るを御救いと思って居れども[註3]、御蔵の金を悉く出払いあって御救いなされても、また跡より元の如く成るべし。されば幕府の御力とて及ばないだろう。」
補註
『論語』篇名 文章番号
- しるし…八佾09「夏の禮(れい)は吾能く之れを言へども、紀は徴(しるし)とするに足らざるなり。」
- 富ニシテ後教ル…子路09「既に富めり。又何をか加へん。曰く、之れを教へん。」
- 愚かな輩は…里仁11「君子は刑(法則)を懐(おも)ひ、小人は恵を懐ふ。」
参考文献
現代語訳について
当頁『政談』の現代語訳は、辻達也 校注「政談」『日本思想大系36 荻生徂徠』(岩波書店、1973年)をもとに当サイトの運営者が現代語訳。徂徠節を尊重し、直訳を心掛けた。また、尾藤正英(翻訳)『荻生徂徠「政談」』(講談社、2013年)も参考にした。
補註について
補註は当サイト独自に平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社、1980年 )を参照して附した。
荻生徂徠『政談』
1.荻生徂徠 2.本書概要 3.武士の非正規 4.旅宿暮らし
5.武士の貧困 6.医者 7.国替 8.外様譜代 9.国の困窮