くずし字で楽しむ江戸時代の暮らしと文化

古文書ネット

  1. HOME
  2. 資料集
  3. 荻生徂徠・政談

荻生徂徠『政談』16

上に立つ者の品格

荻生徂徠政談』から、政治家の然るべき立ち振る舞いについて見てみましょう。政治家だけでなく官僚、会長、社長などのお立場の方は勿論、その下の方にとっても参考になると思います。この辺り『論語』においても力説されており、他頁より自ずと註釈も多くなりました。併せてご参考ください。

荻生徂徠『政談』巻之三

雀

1.言葉と容貌を慎むべし

「執政の臣(老中)は言葉・容貌を慎み[1]、下の者に向かって無を云わず[2]、無礼のなきことを第一とすべし[3]。

聖賢の深き戒めである。疎かに心得るべからず。俗の了簡には、才智さえあらば、言葉・容貌は構わなくても苦しかるまじと思えども、左には非ず。 執政の臣は外の役儀と替わり、古の大臣の職だ。

「赫々(かっかく)たる師尹(しいん)、民具(とも)に爾(なんじ)をみる」(権勢がある師尹(しいん/周の天子の師)は、民皆そなたを仰ぎ見る)と言う詩経(小雅・折父之什)の文を、(礼記)大学(篇)にも引きけるに、聖賢の道は甚だ重きことと言われている。

雀

2.重々しい人がいない

執政の臣は重き職分なれば、その人の言葉・振舞いを、下から万人が常に気をつけて見ることになる故(ゆえ)、一言一事も世上に評判し、遠国迄も伝え聞こえて、天下に隠れるところなし[4]。

去れば役目を重んじ、上の御為を大切にしようと思っているなら、言葉・容貌に気をつけ、 慎まずして叶わない。

元禄のこれ迄何れもこの嗜み有って、言葉・容貌も見事だったが、 正徳よりこの風衰えて、今は重々しき身持ちの人なしと承る。

3.才智ばかり働かせる

その事の起こり、不学な人の了簡は迂遠なことを嫌い、近道して御用を計ろうとし[5]、殊に才智ある人はその才智を働かさんとする[6]ので、容貌・言葉の慎みが崩れる。

去れども執政の職は己が才智を働かせず[7]、下の才智を取り用いて、下を育てて[8]御用に立つ者を多く出る様にすること、職分の第一だ。 己が才智を働かすことは役人の職にて、執政の職分には非ず。

どれ程 才智を働かしたりとも、下の才智を用いざる時は、己が才智ばかりにて足ることではない[9]。 然るに手前の才智を働かせること、執政の臣の上では却って職分の筋違いで[10]、 畢竟不に成ること知らぬは、不学の過ちである。

4.外を繕っているという勘違い

言葉容貌をたしなむ事は、我が身を重々しく持ちなして[11]、外を繕う様に不学の人は思え共、これ又左に非ず。 職分が重ければ身持ち重々しき事、第一当然の宜しき。

左様の人を重んじ敬うこと、これまた自然の道理。人の重んじ敬う人を上にすえて下知するときは、下よりこれに従う、これまた自然の道理である[12]。これにより役目重ければ言葉・容貌をたしなむこと、古よりこれあることにて、全く外をつくろう筋には非ず。

言葉・容貌粗末にして、下へ向かって無礼をする人は、下の才智も知らず、却って煩わしくなる上、左様の人には下の者は心服さない。よって必ず政務の滞りとなり、上の思召しの筋も下へ行き渡らぬ事である。」

補註

『論語』篇名 文章番号

  1. 言葉・容貌を慎み…学而14「事に敏(びん)にして言(ことば)を慎む」泰伯04「容貌を動かしては、斯(ここ)に暴慢(ぼうまん)を遠ざく」
  2. 下の者に向かって不埒なことを云わず…顔淵02「民を使ふには大祭を承(つか)ふるが如くす」
  3. 無礼ないことを…顔淵01「克己復礼(己れを克(をさ)めて礼に復(かへ)る)」
  4. 一言一事も世間が評判し…子張21「君子の過ちや、日月の蝕(しょく)するが如し。過(あやま)つや、人皆な之(これ)を見る。更(あらた)むるや、人皆な之を仰ぐ」
  5. 迂遠なことを嫌い、近道して…子路17「速やかならんと欲すれば則ち達せず」
  6. 才智ある人は…為政12「君子は器にならず」
  7. 己が才智を働かせず…泰伯18「舜・禹の天下を有(たも)てるや。而(しか)うして与(あず)らず」
  8. 下の才智を取り用いて…為政19「直(なお)きを挙げて諸(こ)れを枉(まが)れるに錯(お)けば、則ち民服す」
  9. 下の者の才智を用いない時は…泰伯20「才難しと、其れ然らずや」
  10. 手前の才智を働かせる…衛霊公34「君子は小知(しょうち)可からずして、大受(たいじゅ)す可し。
  11. 我が身を重々しく…学而08「君子 重からざれば則ち威あらず」
  12. 下からこれを従うのは…顔淵13「之れに風を上(くは)ふれば必ず偃(ふ)す」

参考文献

現代語訳について

当頁『政談』の現代語訳は、辻達也 校注「政談」『日本思想大系〈36〉荻生徂徠』(岩波書店、1973年)をもとに当サイトの運営者が現代語訳。徂徠節を尊重し、直訳を心掛けた。また、尾藤正英(翻訳)『荻生徂徠「政談」』(講談社、2013年)も参考にした。

補註について

補註は当サイト独自に平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社, 1980年 )を参照して附した。

政談 目次

1.荻生徂徠 2.本書概要 3.武士の非正規 4.旅宿暮らし

5.武士の貧困 6.医者 7.国替 8.外様譜代 9.国の困窮

10.歴史に学ぶ 11.貧困解決策 12.経済活動 13.スピード社会

14.物作り 15.衣服 16.品格 17.代官 18.御徒与力 19.人材登用

関連記事

享保の改革新井白石五常とは