荻生徂徠『政談』巻之一
1.衣食住に費用がかからない!
「武家が田舎に居住するときは、第一衣食住に物入らぬ故(ゆえ)、武家の人々の身上直るべし。
総じて奢りは家内より起こる。武家の妻女が御城下にすむときは、次第に奢って身がなまって病者に成る故、その腹に生れる子柔弱にて、今は何の御用にも立たぬ様に成った。
これまた田舎に住めば、自ら機(はた)等織って身を動かし[註1]、奢りも薄く、身も強くなり、武家の妻女にふさわしくなる。
男も野広く方々駆け歩き行って、手足も丈夫に成るべし。親類・知人の所へ話に歩き行き、用事あれば五里も十里も常に往来して、馬も自ら達者に成るべし。」
2.百姓とも仲良くなれる!
「その上また武家が田舎に住めば、田地の様子は、河川の治水工事等のことも見習い、聞き習う故、御役を仰せ付けられて(農村行政を司る)地方(じかた)御代官に罷成っても、江戸出生の者どもが手代(代官の下で農政庶務を担当)任せにするのとは雲泥の違いとなる。」
「今は、その身江戸に在って知行所遠方なれば、馴染みもなく、恩義も貫かれず、ただ百姓より年貢を取る物と覚え、百姓はまた年貢を収めるものと計り覚えて、ただ取らん、取られじとの心計りで[註2]、百姓に非道をする武士たちも之れ有る。
しかし不断に我が本拠にて見習い、聞き習いする[註3]ときは、愛憐の心も自然と生じ、如何様の人にても百姓をさほど苛(むご)くはせぬこと[註4]、これまた人情。武家を知行所に差し置くこと、此くの如き徳あって、甚だ宜しきことなり。」
補註
『論語』篇名 文章番号
参考文献
現代語訳について
当頁『政談』の現代語訳は、辻達也 校注「政談」『日本思想大系36 荻生徂徠』(岩波書店、1973年)をもとに当サイトの運営者が現代語訳。徂徠節を尊重し、直訳を心掛けた。また、尾藤正英(翻訳)『荻生徂徠「政談」』(講談社、2013年)も参考にした。
補註について
補註は当サイト独自に平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社、1980年)を参照して附した。
荻生徂徠『政談』
1.荻生徂徠 2.本書概要 3.武士の非正規 4.旅宿暮らし
5.武士の貧困 6.医者 7.国替 8.外様譜代 9.国の困窮