解読文
原文
孝(こう):親(おや)には孝行(こう/\)すべきものと、しるといへども、今のことゝは思はず、今日(こんにち)ならずは、あす明日(めうにち)ならずは、明後(ご)日と終(つひ)にむなしく一生をくらすなり
人の命(いのち)は定(さだ)めかたき物なれば、只今日(けふ)ばかりとおもひ、一日も早(はや)く孝行(こう/\)すべし/哥ニ 今日のみと おもひて親に つかふべし あすはたのみぞ 定めなき世に
現代語訳
孝(こう)[註1]:親には孝行すべきものと知ってはいるけれども、今のこととは思わず、今日、明日、明後日とついに虚しく一生を送る。人の命は定め難い[註2]ものなれば、ただ今日ばかりと思い一日も早く孝行すべし。
歌に「今日のみと おもひて親に つかふべし あすはたのみぞ 定めなき世に」(今日のみと思って親に仕えるべし。明日は頼みになるか。定めなき世に)
補註
- 孝…『論語』学而06「子曰く、弟子(ていし)入りては孝」(孔子の言葉。若者よ、家庭内では孝行)、学而07「子夏曰く…父母に事へて能く其の力を竭(つく)す」(子夏の言葉。…父母に仕えて力をつくす)
- 人の命は定め難い…『論語』顔淵05「死生(しせい)命有り」
解説
孝(こう)とは儒教徳目の一。『漢和辞典』によると、子としてすなおな態度で親に接すること。善く父母に仕えて孝行を尽くすこと。
『百姓往来』はまず、孝・弟・忠・信を説きます。『孟子』に「青壮年には余暇をもって孝悌忠信の道徳を学ばせる(梁恵王章句 上)」とあります。孝について、有子と徂徠の考えも以下にご参考ください。
有子
『論語』学而(第一章)二節において、孔子の弟子・有子(ゆうし)は「孝弟なる者は、其(そ)れ仁を為(おこ)なふの本(もと)か」と言い、孝弟を仁を実践する根本であると言います。
徂徠
荻生徂徠『弁名』上_孝悌 一則に曰く「孝悌は解を待たず、人のみな知るところなり。」「ただ孝のみは、幼より行ふべし。」「ただ孝のみは、心に誠にこれを求めば、学ばずといへども能くすべし。」
「孝弟忠信は、孔門けだしこれを中庸と謂ふ。その甚だしくは高からず人みな行ふべき事たるを以て、故に先王の道を学ぶには、必ず孝弟より始む。」
徂徠『太平策』に曰く「民間の輩には、孝悌忠信を知らしむるより外の事は入らざるなり。孝経・列女伝・三綱行実の類を出づべからず」
当史料
江戸時代の思想なり学問は朱子学(儒教)なので、往来物(教科書)で初めに教えることが孝であることは尤(もっとも)なことです。現代において常日頃、孝行者になりたいと思っている人も、史料の気構えでいる人は、ほとんどいないではないでしょうか。
参考文献
- 平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社、1980年 )
- 西田太一郎 校注「弁名」、丸山真男 校注「太平策」『日本思想大系36 荻生徂徠』(岩波書店、1973年)
- 林大(監修)『現代漢語例解辞典』(小学館、1996年)
- 宇野精一『全釈漢文大系 第二巻 孟子』(集英社、1973年 )「梁恵王章句 上」32頁
史料情報
- 表題:百姓往来
- 年代:文政3/浪花禿帚子 再訂、鱗形屋孫兵衛・ 西村屋与八 板
- 埼玉県立文書館寄託 小室家文書3384
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