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江戸幕府の政治5

旗本とは 知行村との複雑関係

旗本とは

1.概要

江戸には、将軍家直属の直参(じきさん)と呼ばれる、知行高一万未満の武士が常駐していました。

直参のうち、将軍と謁見できる御目見(おめみえ)ができる者を旗本(はたもと)といい、そうでない者を御家人(ごけにん)と一般的には称しています[]。

旗本はの上では万石以下と厳しく限られていますが、家柄と職柄とによって、大名と同じく四位・五位と、これに相当する朝官名を一生称(とな)えることができました。この栄誉は徳川三家加賀前田家の老臣ほか、大名家中には許されることができなかった栄典でした。

享保七年(1722)旗本は五千二〇五人、御家人は一万七三九九人です。

2.居住地

冒頭に述べましたが旗本居住地は、幕府から与えられた知行所(農村)ではなく将軍が住まう江戸。主に番町・駿河台・小川町一帯に屋敷を与えられていました。

相給の頁で解説した、武州男衾郡板井村(埼玉県熊谷市)の例でいえば旗本長塩牛奥亀井の三氏は、証文(リンク先)を見ると知行所である板井村に居住しているような気がします。

然しながら荻生徂徠政談』でも「御旗本の武士小身なれば、自身(知行所に)住まず」とあり、「田舎の取り締まりがなく」、江戸住まいは費用がかかるので武家の田舎暮らしを薦めているくらいです。

3.知行所との関係

旗本とは、親子関係なところもありました。知行所が不作だったり何か事件などあったりはしないか、旗本は村の相談を受けたりを村を見廻ることもありました。

例えばこちらの済口証文寛政一〇年)において、旗本三枝氏が知行所(武州入間郡平山村)のアルコール依存症者を引き取って更生を試みていることが確認できます。

ところで江戸幕府の天領と称する土地は、将軍の私領ではなく公領(国有)。大名・旗本領は私領ではありますが国有地を預かっているので、領地替・没収とは国有に復帰するの謂(い)いでした。

かくして旗本知行所といえど国有地を預かっているのであり、旗本は西洋の領主のように農地を取り上げて牧場としたり、遊猟地とするために囲い込みができませんでした。却って農民の方がむしろ地主であって、土地売買(質地証文)が黙認されていました。

旗本はあくまで幕府のイチ役人ですので、その知行所は幕府の代官が支配し、旗本は俸禄米だけを支配していました。これを逆さにいうと、旗本は食禄の外に収入の道がありません。全然消費者でした。もっぱら農民の生産物に依存して生命をつないでいました。従って米価の高低が生計の上に大いに響きました。

補註

鎌倉時代には、源頼朝に臣従したものは、執権北条氏以下の別なくして全てを御家人という。

参考文献

  • 学芸課展示係 編『図表でみる江戸・東京の世界』(東京都江戸東京博物館、1998年)「旗本・御家人の知行形態」26-27頁
  • 新見吉治『旗本(日本歴史叢書新装版)』(吉川弘文館、1995年)「はしがき」1頁、「第一 旗本の概念」12頁、「第四章 知行」90頁、「第八 旗本の家計」285頁

江戸幕府の政治

1.人口 2.武士の俸禄 3.年貢米の納め方 4.相給 5.旗本

6.村の基礎データ 7.宿駅 8.八王子千人同心

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