知行取
幕府・藩から俸禄を領地でもらう武士のことを知行取(ちぎょうとり)と言います。その領地には米を作る田の他に、雑穀や野菜を作る土地、山林・沼地も含まれていたのでかなり広い土地になりました。
しかし収穫の全てを拝領した武士が取るのではなく、四公六民(しこうろくみん)といって領主が四割、百姓が六割取るのが原則でした。なお俸禄としての領地(知行)は下記三種類に分けることができます。
蔵米取
江戸時代、知行地を与えられず、幕府、諸藩の米蔵から俸禄米を支給される下級武士を蔵米取(くらまいとり)、または切米(きりまい)、俵取と言います。蔵米取は臨時的雇用に対する日当としての扶持(ふち)に対し、年間雇用を前提とします。
図を見てもわかるように江戸中期以降、ほとんどの武士はこの蔵米取。幕臣である旗本・御家人の場合、幕府の御米蔵から春二月(1/4)・夏五月(1/4)・冬一〇月(2/4)の三季に分けて玄米で支給されたので、俗に三季御切米(さんきおきりまい)とも言いました。なお一人扶持は一日米五合、一年で一石八斗です。
給金取
給金取(きゅうきんとり)は現金で支給される武士のこと。給金取の最低額は石出帯刀(いしでたてわき)の支配に属する牢屋下男の給金一両二分一人扶持で、これくらい安い役は他にありませんでした[註2]。
補註
- 学芸課展示係 編『図表でみる江戸・東京の世界』(東京都江戸東京博物館、1998年)「旗本・御家人の知行形態」27頁を元に作成。
- 高柳金芳『御家人の私生活(江戸時代選書)』(雄山閣、2003年)参照