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尾張藩鷹場

鷹場とは 首都圏全域ほぼ鷹狩の場!?

鷹場地図

所沢市史編さん委員会編『所沢市史上』(所沢市、1991年)を元に作成

鷹場とは

概要

江戸時代、徳川将軍家以外に鷹狩を許されたのは、将軍にその実施を許可された諸大名だけででした。尾張・水戸・紀州の御三家は将軍に鷹場を与えられて、はじめて鷹狩が可能となりました。

図の通り、将軍家と水戸家の鷹場は本拠地周辺、尾張・紀伊家に至っては本拠地から遠く離れた首都圏に鷹場があります。逆にいえば首都圏はきほん(どこかの)鷹場なのです(!)。

図の御府内(ごふない)とは江戸、江戸城を中心とする地域で、雑司ヶ谷(ぞうしがや/豊島区)の捉飼場(とらえかいば)は、将軍用の鷹の訓練や繁殖をした場所です。

尾張藩鷹場

尾張藩が将軍家から与えられた鷹場は、武蔵国入間、新座、多摩の三郡でした。三鷹市、西武鉄道国分寺線の鷹の台駅の名はその名残であると言われ、国分寺市には御鷹の道という湧き水の流れる遊歩道があります。

然しながら、この地域の村々が尾張藩領になったわけではなく、幕府の代官や旗本の支配を受けながら、尾張藩の御用も勤めることになりました。鷹場に指定された村々は、鷹場に関わる法・鷹場法度と夫役(労働課役)を課せられました。次項から尾張藩鷹場について詳しくみていきましょう。

  

参考文献

  • 槇本晶子『尾州藩の鷹場について「多摩のあゆみ第50号」 』(多摩中央信用金庫、1988年)
  • 本間清利『御鷹場』(埼玉新聞社、1981年)
  • 所沢市史編さん委員会編『所沢市史上』(所沢市、1991年)
  • 宇野藍子『古文書講師になれました』(柏書房、2017年)

尾張藩鷹場

概要

鷹狩とは/鷹場とは/鷹場組織御預り村と御案内役

鷹場法度

第一条~三条第四条~六条第七条~九条期限、差出人合札取扱い、宛名