くずし字で楽しむ江戸時代の暮らしと文化

古文書ネット

  1. HOME
  2. 解読講座
  3. 尾張藩鷹場

尾張藩鷹場

尾張藩鷹場法度 願書期限、差出人

史料

尾州鷹場法度_願書期限,差出人

※無断転載禁止

解読文

一 棒竹鑓を以、猪鹿追散願書付 正月廿日限/一 威鉄炮追散願書付 三月廿日限/右 相留者 九月廿日限/一 案山子願書付 九月廿日限

右三ヶ條同限之通、願書可差上候、若日限後差出候分者、願不相済候事、右之条々相背候ハヽ、何分之越度二茂可被 仰付候、依之村々連印差出申候処如件

弘化ニ巳正月/大熊善太郎御代官所 多摩郡下里村 名主・安左衛門㊞、組頭 ・吉左衛門㊞、百姓代・庄兵衛㊞/米津伊勢守知行所 多摩郡門前(沢)村 名主・久兵衛㊞、組頭・万次郎㊞、百姓代・千之助㊞

現代語訳

棒や竹槍をもって猪鹿を追い散らす願い書の期限は三月二〇日まで。威鉄砲(空砲)で追い散らす願い書の期限はは三月二〇日まで。威鉄砲を打つ期限は八月一日まで。案山子を立てる願い書は九月二〇日まで。

右三ヶ条期日の通り、願い書を差し上げます。もし期日後に差出した分は願いが聞き届けられないことを承知します。右の条々に背いたならば、どのような処罰でも仰せ付けください。これより村々の連判を差し出しますところは右の通りです。

弘化ニ年一月/差出人:解読文に同じ。多摩郡下里村と前沢村は現・東京都東久留米市

解説

鷹場法度の条文の後ろには、鳥獣の害を追い払うための届け出の期限について記されています。

鉄砲願は、鉄砲を撃たせてほしいという願いではありません。第五条・鉄炮所持仕候者無御座候が示すとおり、農民の人々は鉄砲を所持していないので、あくまで鉄砲「拝借」願です。

鷹場内は、殺生禁止なので鉄砲願は矛盾しています。よしんば借りた鉄砲をなくしたり、誤って鷹の餌になる小鳥はもとより、鉄砲で人を殺してしまったら大変です。そのうえ農村というところは、五人組として常に連帯責任を負うわけですから、鉄砲所持するならするで覚悟が必要です。

文政五年(1882)以降、鉄砲願はほとんど見当たらず、鳥獣の害は鉄砲ではなく、棒や竹槍、案山子が主流となりました。

  

史料情報

  • 小平市立図書館所蔵 當間家文書 M-1-14「御鷹場御法度證文御鑑札御預村〃連卵帳」弘化二巳年正月
  • 当サイトは小平市立図書館から掲載許可を頂いてます。
  • ※無断転載を禁止します。

参考文献

  • 槇本晶子『尾州藩の鷹場について「多摩のあゆみ第50号」 』(多摩中央信用金庫、1988年)
  • 小平市中央図書館『小平市史料集二十一集 鷹場1』(小平市教育委員会、1997年)

尾張藩鷹場

概要

鷹狩とは鷹場とは鷹場組織御預り村と御案内役

鷹場法度

第一条~三条第四条~六条第七条~九条/期限、差出人/合札取扱い、宛名