時代背景
印鑑(印章)は、日本では漢委奴国王(かんの わのなの こくおう)の金印に始まり、平安時代末期には花押が発生、戦国時代の小田原北条氏は、虎朱印という大型印を代々家印としてフル活用しました。
こうして印鑑は、江戸時代に様々な階層に広がりをみせました。井原西鶴は「証文(証拠の文書)の立つ世上(世の中)なれば、是非もなき仕合(始末)」『本朝二十不孝』といって、当時は契約社会として発展していったことと無縁ではないでしょう。
例えば、結婚などして戸籍を他村へ移す時(人別送り状)、奉公に出なければならない時(奉公人請状)など証文を書いて押印。また掟や法度に対して家督して同意を表明するため、連印(五人組前書)して、村が領主・役所などに提出。
江戸時代は文字(漢字)が書けない人もいるので、文面は名主など能書に書いてもらえれば、押印するだけでよいというメリットがあったように思います。
持っている人
このような事情により江戸時代、印鑑は身分関係なくどの家にもきほん、あります。しかし家長である男性が印鑑を保有し、女性はきほん持っていません。すなわち女性単独で契約ができません。離縁状(三行半)は夫が書いて、妻に渡します。
また押捺には墨を用い、これを墨印または黒印と称しました。朱印として使うことは明治新政府の発足以後。江戸時代は、現代の「はんこ万能」時代の先例となし、「はんこ行政」をのちの世に助長させました。
印鑑の文字
江戸時代の印鑑は、本人の氏名と関係ない目出度い二字熟語・徳目に類する文字あるいはたんに漢字一字などを刻みました。百姓にも名字(苗字)がありますがきほん、彼らは公の場では名乗りません。
なお、印鑑に使用される字体は篆書(てんしょ)と言います。篆書は古文書のくずし字とは別体系なので、これを専門に学ばない限り解読はできません。
主な使用例
江戸時代は幅広い層に、文字だけでなく印鑑も普及しました。
現代
私はかつて銀行に勤務していたことがあり、その事情で現代の実社会においても、人一倍様々な印鑑を見てきました。(笑)
お客様の中には、芋版とかご自分の似顔絵入り印鑑などをご持参された方がいらっしゃいました。それで口座開設できるか否かは別の話になりますが、この様に印鑑に特別な思い入れがある方は少なくないと思います。
ちなみに当時の私は就寝中に「印鑑忘れました!」(何故かお客様役)と叫んで飛び起きたこともあったり。印鑑にうなされるとか、日本人を通り越した何かですね。
補註
- 篆刻:木・石などに文字をほること。多く篆書の文字が用いられた。
- 落款:書画を書き終えた後に、自身の印を押したりすること。落は落着、落成など決まりがつく・出来上がるの意。款はまこと、刻む・しるすの意。
参考文献
- 桜井由幾 「第五章 生活と文章」『入門 古文書を楽しむ』(竹内書店新社、2000年)178頁
- 萩野三七彦「印章」『国史大辞典1』(吉川弘文館、1979年)884頁
- 「三くだり半のはんこ(冊子)」(太田市立縁切寺満徳寺資料館、1997年)
- 樋田直人 『雅号と印章-書画落款の楽しみ』(小学館、1994年)