現代語訳(枠内)
さて婚姻の日ならば、今の世の慣わしに従い、まず婿入りと言って婿たる人が嫁の家へ行って、舅姑と盃(さかずき)をして帰り、その夜、嫁を迎える。
これは古礼[註1]の名残りである。江次第(ごうしだい:朝廷の公事・儀式などを詳記した書)等によれば、昔は女は始め、婿の方へ行くことはなく、まず婿の方から来て、盃をして夫婦の固めをなし、婿がこの家に始まること三日五日、それ以上に長いこともあった。その後に婿の方へ引き取られる。
よって婿入りの式と言うことは多く見えたけれど、嫁入りの式の事は見えない。されば婿たる人はまず舅姑に会いに行き、その夜になって新婦を迎えて盛(さかずき)をするのは、右の古礼(これい)を略したものである。
さればこそ婚姻の盃は、女より呑み始めれば、その座席も婿は客位にあって、嫁は主位、主方になる。これらは全て古礼の意思であることは明らかだ。さて夫婦の酒宴の作法は、中等以上の高い身分に至っては、その作法の師によらなければわからない。
卑賤ものの作法は多く、世間にありふれて、人のよく知る所なれば省略する。但し、金銭の無用な出費がないようにするなら[註2]、儀式を正しくするのがよい。
>>原文(史料解読文)
補註 [文献1]
解説
『女大学』当頁では、結納を済ませたあとの結婚式について書かれています。しかし現代とだいぶ違っていて、「婿入りの式」から始まります。ややこしいので流れを整理すると以下のとおり。
- 婿入りの式:婿が嫁宅に行き、舅姑と盃(さかずき)をして帰る。
- その夜、婿が(自分の家に)嫁を迎えて、1.(婿入りの式)の続きを行う。
- 婚姻の盃は、客位が婿、主位が嫁なので、女より呑み始める。
視覚情報は前項右下にあり、その通りに描かれていますのでご参考ください。
上記流れの意味を解説すると、1.婿入りの式は、古礼によれば婿が嫁の家に始まること "三日五日、それ以上に長いことも" ありました。しかし "今の世" すなわち江戸時代後期は短くなって、初日に婿が帰ります。
2.その夜、婿は嫁を向かい入れるも、1.(婿入りの式)の続きとして、3.嫁を主位に座らせて婚姻の盃を執り行う、というなのでしょう。
逆に嫁入り婚では、結婚式当日、婿方から仲人一行が嫁を迎えに行き、嫁は実の親から仲人に渡されて婿方へ送られるというかたちをとりました[文献2]。――と嫁入り婚だけあって婿の動きがありません。
本書前頁(結納)に「婚姻は男女一生の大礼」とあり、これは隣国朝鮮王朝も同様、儒教の礼に則って、結婚式に花嫁は五行の赤を基調とした華服(ファッロ)を着て、花冠(ファグァン)を頭に被ってお祝いします。
参考文献
- 平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社、1980年 )
- 飯倉晴武『日本人のしきたり』(青春出版社、2003年)「仲人をお願いする_第四章 結婚・婚礼の作法」110-111頁
原文(史料解読文)
さて、婚姻(こんいん)の日(ひ)ならば、当世(とうせい)の慣(ならは)しに順(したが)ひ、まづ婿入(むこいり)とて婿(むこ)たる人嫁(ひとよめ)の家(いへ)へ至(いた)り、舅姑(しうと/\め)と盛(さかづき)をして帰(かへ)る
其夜(そのよ)嫁(よめ)を送(おく)り越(こ)す、これ古礼(これい)の遺(のこ)れるなるべし
江次第(ごうしだい)等(とう)を按(あん)ずうに、昔(むかし)は女(をんな)の婿(むこ)の方(かた)へ、始(はじ)めより、行(ゆく)ことなく
まづ婿(む)の方(かた)より来(きた)りて、盛(さかづき)をなし、夫婦(ふうふ)の固(かた)めをなし、婿(むこ)この家(いへ)に程(はじ)まること、或(ある)ひは、三日五日品(しな)によりはと永(なが)きもあり
其後(そのゝち)に、婿(むこ)の方(かた)へ引(ひき)らる也、故(ゆえ)に婿入(むこいり)の式(しき)といふ事は、多(おほく)見えたれと嫁入(よめいり)の式(しき)の事は見えづ、されば、婿(むこ)たる人、まづ往(ゆき)て舅姑(しうと/\め)に見参(けんざん)し、その夜(よ)に至(いた)り、新婦(しうめ)を迎(むか)へて盛(さかづき)をなすは、右(みぎ)の古礼(これい)を略(りやく)をるなるべし
然(さ)れはこそ、婚姻(こんいん)の盛(さかづき)は、女より呑始(のみはじ)むなれ、其(その)座席(ざせき)も婿(むこ)は客位(きやくゐ)にありて、嫁(よめ)は主位(しゆい)にありと女は主方(あまがた)なる故にて、是等(これら)は都(すべ)て古礼(これい)の遺意(ゐい)なること、明(あきら)げし
さて夫婦(ふうふ)の盛事(さかづきこと)仲人(ちゆうにん)以上(いじやう)□紳(れき/\)に至(いた)つては、その式(しき)法師(はふし)によらずんは、知(し)るべからず
卑賤(いやしき)ものゝ作法(さはう)は多(おほ)く、世間(けん)にありふれて、人のよく知(しる)所(ところ)なれば、省(はぶ)く
但(ただ)し、金銭(きんせん)の費(ついえ)なきことは、式法(しきはう)を正(たゞ)しくするがよし
史料情報
- 表題:女大学栄文庫
- 年代:嘉永4. 8.(1851)/栄久堂 山本平吉 梓
- 埼玉県立文書館収蔵 小室家文書2342
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女大学
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