解読文
原文
因縁薄によつて今 離別候、自今以後 再縁・改嫁随意するへき事/和十郎㊞/天保五年 甲午七月/たみ江
読み下し文
因縁薄(いんねんぱく)によって今、離別候、自今(じこん)以後、再縁・改嫁(かいか)随意するへきこと/(以下略)
現代語訳
縁が薄かったことにより今、離別します。このあと再婚等、思いのままにどうぞ。和十郎より/天保五年甲午年(1829)七月/たみへ
解説
三行半(三下半)とは
江戸時代の離縁状は一般的に、僅か三行半(みくだりはん)で書くものとされていました。そこには①離縁すること、②妻の再婚の自由を認めること、が記されています。
離婚するには離縁状が必要で、もし離縁状を出さず、あるいはもらわずに再婚すると重婚罪に問われました[註1]。高木侃 氏が三行半一〇〇〇通を調査した結果[註2]、離婚の理由第一位は無し(書かない)27%、第二位は「我等勝手二付き」「熟談・示談」8.6%。
氏によると理由を書かないのは、書かない方がよいから。また「我等勝手二付き」は自由気ままにという意味ですが、実際には夫婦間で協議したうえでの離婚が一般的でした。
よって「我等勝手二付き」は「当方の都合により」と解釈。妻の無責任性を表示することで、男子の面子を保ち、夫権優位(男尊女卑)の建て前を辛うじて保持しました[註3]。
史料
史料三行目の「随意」以下が不鮮明ですが、変体仮名の春・す、留・る、遍・へ、機・き、としました。次頁では当史料の解読方法について伝授します。
補註
- 森安彦「第5回 夫婦の間の約束事」『古文書を読んでみよう-文書で知る江戸の農村のくらし』(日本放送出版協会、2001年)「離縁状 嘉永五二月一日」34-35頁
- 高木侃『三くだり半からはじめる古文書入門』(柏書房、2011年)
- 前掲書
史料情報
- 表題:[離縁状]
- 埼玉県立文書館所蔵 平山家3984
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