荻生徂徠『政談』巻之一
1.譜代の奉公人
「譜代は面倒なものだ。家内にて生まれ出る者なれば、幼少より介抱のいる事である。成人しても、衣食に附き、諸事に附き、押したり引いたりして使う、世話をせねば成らぬ者だ。
そうして我家に属したる者にて、外へ行くべき所なければ、見放す事が難しい[註1]。主人に甘える者也。悪き人柄にても為すべき方法無ければ、切り棄てるより外の仕方なし。」
2.出替り奉公人とは
「出替り者は一年限りの契約なれば、悪き者にても一年はこらえ易い。悪事あれば保証人に引き渡して、手前(主人)が世話をなさず。衣類諸事、皆彼が自分にてすれば世話なし。」
「出替り者ばかりを召し使う故(ゆえ)、自然と家来との間に愛憐なく、一年限り故、その心は互いに路ですれ違った人を見るが如し。」
3.武士道の衰廃
「幼少の者の生立ちも、譜代者の手に育てられたのと、出替り者の手に育てられたのとは格別だ。
譜代者は先祖の家風をも覚えて居り、また主家に年久しければ、親類も見知って、下部(しもべ)ながらも恥も知る[註2]。己も主人の恩にて育ちたる者なれば、主人の子を育てる心行きは格別である[註3]。
出替り者は左様のことはなく、唯当分の生計の為に、当分の奉公する迄[註4]。左様の者の手に掛かる故、かくして武家の人柄段々悪くなる。」
「譜代者絶えて皆、出替り者にばかりに成りたるは武道の衰廃にて、武家の為には極めて悪きこと也と知るべし。この有様を料簡したならば今後、武家に譜代者が出来るように処置すべきことだ[註5]。」
補註
『論語』篇名 文章番号
- 見放す事が難しい…泰伯02「故舊(こきゅう:旧知)遺(わす)れざる」
- 恥を知っている…為政03「恥有りて且つ格(きた)る。」
- 主人の子を育てる…憲問08「忠にして能く誨(をし)えること勿(な)からんや。」
- 唯当分の生計の為に…子路23「小人は同(どう)して和せず。」
『孟子』梁恵王章句 下14
- 譜代者が出来るよう…「所謂(いはゆる)古國(ここく:歴史の古い由緒ある国)とは、喬木(けうぼく:大木)有るの謂(いひ)を謂ふに非ざるなり。世臣(せしん:譜代の臣)有るの謂(いひ)なり。」
参考文献
現代語訳について
当頁『政談』の現代語訳は、辻達也 校注「政談」『日本思想大系36 荻生徂徠』(岩波書店、1973年)をもとに当サイトの運営者が現代語訳。徂徠節を尊重し、直訳を心掛けた。また、尾藤正英(翻訳)『荻生徂徠「政談」』(講談社、2013年)も参考にした。
補註について
補註は当サイト独自に平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社、1980年)及び、宇野精一『全釈漢文大系 第二巻 孟子』(集英社、1973年 )71頁を参照して附した。
政談 目次
1.荻生徂徠 2.本書概要 3.武士の非正規 4.旅宿暮らし
5.武士の貧困 6.医者 7.国替 8.外様譜代 9.国の困窮