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荻生徂徠『政談』18

御徒・与力とは 金でなれる武士

御徒にしようかな?与力にしようかな?

江戸時代の下級武士である御徒(おかち)と与力とはどんな人々だったのでしょうか?引き続き徂徠の『政談』を見ていきましょう。

金でなれる武士

「御徒・与力は、その組の頭(かしら)が心のままに組に入れるので、ことごとく金次第になって、町人・百姓または小普請手代のたぐいは金で与力になる。

また更に金を出して、我が子を御番衆の養子にして、御番衆になる為の中継点とするたぐいのことは現在甚だ多い。これらは戦場を勤める者なれば、このようなことはあるまじきことである。」

浪人の腰掛所

「御徒は、元来は譜代である。御徒から立身した輩は多い。久世三四郎[註1]などは御徒より出た。

与力は昔、公儀を願う者を頭(かしら)の心にて与力に入れ置き、様子を見て召し抱えることが多かった。その後は、浪人の腰掛所と言って、高禄を取る浪人が自身にふさわしい禄で就職するまでの間、与力に入っていたので歴々の士が多かった。

今は金で与力なるので、埒もないことである。昔は旗本の二男三男が召し出されてことになっていたが、近年はこのことは絶えた。」

問題点と改善策

「こんなふうになったのも、太平久しく続いて、世の風俗で家の繁栄に重きを置くことになったからである。

与力は戦場における先鋒の戦力、御徒は将軍の身辺守護の者であることを忘れて、頭(かしら)は手前の奴僕の如く思うところから起こっている。旗本の頭も高慢な態度で、組下を軽く見るところから起こっている。旗本の会釈も悪くなっている。

そのような理由から、旗本の二男三男を御徒・与力・勘定・祐筆にしたい。と言っても、下の役に推挙することにあらず。

ただ家が繁栄すればいいという風俗を打破し、肝心の所はその中より才知もあり器量もある者をお取り立てて、賞罰をもってお使い遊ばされるようにしたい、ということである。」

「現在のように家の繁栄が極まり固まってしまえば、中より下の身分の人は立身の望みがない。上は遠い。ただ下は軽薄という気風になって、下の者は才知も皆、用に立たなくなってしまうだろう。」

  

政談の現代語訳について

当サイトの政談の現代語訳は、吉川 幸次郎, 丸山 真男, 西田 太一郎, 辻 達也 (著)『日本思想大系〈36〉荻生徂徠 (1973年) 』(岩波書店、1973年)をもとに当サイトの運営者が現代語訳しました。

その際、荻生 徂徠 (著), 尾藤 正英 (翻訳)『荻生徂徠「政談」 (講談社学術文庫) 』(講談社、2013年)も参考にさせていただきました。

荻生徂徠・政談

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