荻生徂徠『政談』巻之一
「医者も田舎に住むのがよい。江戸にて治療を仕り習っては上手に成りようがない。
子細ば第一、江戸は渡世に物入り所にて、渡世に逐(お)われている故(ゆえ)、医者はわけもなく沢山診(み)て念を入れず。また貴族や権勢家に出入りし、衣服を飾り、諸事に虚偽多し[註1]。
江戸は医者が多い所なれば、薬少しでも中(あた)れば驚いて即医者を更(かえ)るので、医者は更られまじとして薬が中らぬ様に合わせる故、骨を折る治療を仕り覚えず。
ただ適当な時分に断りを言い、難しい病人の請取り渡しが上手にして、評判を得る[註2]様にと心掛ける故、病人の始終を見届けることなし。これにより江戸に名医の出ることは決して有る間敷(まじき)也。諸芸皆かくの如し。」
補註
- 虚偽多し…『論語』子罕12「吾誰をか欺かん。天を欺かんか。」
- 評判を得る…『論語』顔淵20「是(これ)聞(ぶん)なり。達(たつ)に非ざるなり。」
参考文献
現代語訳について
当頁『政談』の現代語訳は、辻達也 校注「政談」『日本思想大系36 荻生徂徠』(岩波書店、1973年)をもとに当サイトの運営者が現代語訳。徂徠節を尊重し、直訳を心掛けた。また、尾藤正英(翻訳)『荻生徂徠「政談」』(講談社、2013年)も参考にした。
補註について
補註は当サイト独自に平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社、1980年)を参照して附した。
荻生徂徠『政談』
1.荻生徂徠 2.本書概要 3.武士の非正規 4.旅宿暮らし
5.武士の貧困 6.医者 7.国替 8.外様譜代 9.国の困窮