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江戸幕府の政治その2

年貢米の納め方

年貢米の納め方
図:年貢米の納め方

知っているようで知らない年貢の納め方

江戸時代の年貢米の納め方と言っても領主ごとに違うのですが、ここでは幕府領の村の一般的な年貢の納め方を解説します。

1.年貢米は一旦、「村の郷蔵」へ保管する。

年貢は、「村に」課せられた年貢を村人たちが分担して耕作し年貢を納めます。幕府と村の関係はこちらのページをご参照ください。納める年貢米は村の蔵である「郷蔵(ごうぐら)」に保管します。

2.津出場(つだしば)まで年貢米を運ぶ。

年貢米の多くは、船で運ばれたので、年貢米を郷蔵から出すことを「津出(つだし)」と言います。

また、年貢米を回送するための船積場所を「津出場(つだしば)」と言います。津出場まで五里以内の運送は農民負担で、それ以上には五里外駄賃(ごりがいだちん)が支給されます。[註1]

船

3.船で年貢米を運ぶ。

年貢米を回送する船(廻船)には、村方から船中の責任者の上乗(うわのり)と租米納入時の責任者の納名主(おさめなぬし)が乗り込み、船中は上乗が、年貢米納入の時は納名主が責任者となります。

4.江戸浅草の米蔵へ年貢米を納入する。

江戸浅草の米蔵へ年貢米を納入の時は、代官が蔵奉行の仕方を立合い、見届ける義務がありました。

さて浅草の米蔵は67棟、面積にして東京ドーム2個分[註2]もありましたが、現在、蔵は一つも残っていません。しかし浅草の米蔵があったことの証として、「蔵前」という有名な地名だけは今でも残っています。

4.代官が村に年貢皆済目録を出す

無事に浅草の米蔵に年貢米を納めると、代官が村に年貢皆済目録を出します。年貢皆済目録とは、年貢を完納したときに、領主側から村に交付した請取書のことです。

米

5.検地―検見法と定免法

さて、村の年貢額を決める検地には、毎年収穫前に幕府役人を派遣し、実際の収穫によって年貢額を決める検見法(けみほう)と、過去数ヵ年の収穫量の平均を基礎として定められた額をその年の豊凶に関わらず納める定免法(じょうめんほう)がありました。

毎年行われる検見法は、費用がかさみ、役人の不正も多く、定免法は不作の時には打撃が大きく、特に小百姓の負担が大きく、一概に検見法と定免法、どちらががいいとは言えないのですが、江戸中期ごろから定免法が一般的になりました。年貢定免請状も併せてご参照ください。

6.代官が村に年貢割付状を出す

検見法と定免法どちらにせよ、年貢額が決まると、納入すべき年貢額を記入して村に通達した帳簿である年貢割付状(ねんぐわりつけじょう)を代官が村に出します。そしてまた、せっせと耕作に励む村人の一年が始まるのでした。

年貢の納め方は以上ですが、江戸時代の百姓の子供向けの教科書・百姓往来にも年貢の納め方について記述があるのでご参考ください。

  

補註

註1:児玉幸多「近世農民生活史 (歴史文化セレクション) 」(吉川弘文館、2006年 )参照

註2:浅草御米蔵―国税庁HP

江戸幕府の政治

1.武士の俸禄の種類/2.年貢米の納め方/3.村のしくみ/4.宿駅のしくみ/5.組合村/7.小組合/8.大組合

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