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近代文学で覚える異体字と歴史的仮名遣いその3

坂口安吾「堕落論」

落ちて、堕ちてしまえ!

坂口安吾「堕落論」一部抜粋

原文

戦爭に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

だが、人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に對して鋼鐵の如くではあり得ない。人間は可憐であり脆弱(ぜいじゃく)であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。

人間は結局處女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を擔ぎださずにはいられなくなるだろう。

だが他人の處女でなしに自分自身の處女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正(まさ)しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。

そして人の如くに、日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによつて、自分自身を發見し、救わなければならない。政治による救いなどは愚にもつかない物である。[註1]

現代語訳

戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

だが、人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くではあり得ない。人間は可憐であり脆弱(ぜいじゃく)であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。

人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるだろう。

だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正(まさ)しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。

そして人の如くに、日本もまた堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは愚にもつかない物である。

出てきた異体字を覚えよう

争(ソウ)  対(タイ)  鉄(テツ)
争は爭の略体。力をいれてあらそう意。 対は對の略対。寸(て)+丵(上に歯のある道具)+口。士が道具を手にもち天子に面とむかってこたえる意から、こたえる、むかう意。 鉄は鐵の通俗体。くろがねの意。
処(ところ) 担(かつぐ) 発(ハツ)
処が原字で、處は処+虍(→居、おる)。台のもとにどどまるの意。 常用漢字では、担は擔の通俗体。手+詹(上をおおう)。肩でになうの意。 発は發の略体。足を開きふんばり弓矢を射る意。[註2]

解説

坂口安吾の「堕落論」を私なりにひと言で要約すると、「おまえさん、勇気を持って堕落しようぜ!」ってことになります。

安吾の生きていた時代(明治39年~昭和30年)だけでなく、現代に於いても、この世界、この人生が何でこんなに息苦しいのかというと、周りも自分も、うすら寒い良い子チャンをついついやってしまうからだと思ひませんか?

それは私含め個々人の心の弱さからきているのだけど、安吾は、人間は「堕ちぬくためには弱すぎる。」と言っています。だけど良い子チャンなんて、てんでアホらしく思えたなら、「堕ちる道を堕ちきることによつて、自分自身を發見し、」是非とも自分を救ってみようではありませんか。

さて、今回の坂口安吾の「堕落論」では歴史的仮名遣いはほとんどありませんが、異体字が結構ありましたので、上記にピックアップしました。間違ってもおベンキョーではなく、堕落の中で楽しみながら覚えてみてくださいね。(笑)

  

補註

註1:伊藤整他編集『日本現代文学全集〈第90〉石川淳・坂口安吾集 (1967年) 』(講談社 、1967年)より引用。

註2:小学館辞典編集部 『現代漢語例解辞典 』(小学館、1996年 )参照。

近代文学で覚える異体字と歴史的仮名遣い

1.はじめに/2.夏目漱石「こゝろ」/3.坂口安吾「堕落論」/4.葛西善蔵「子をつれて」

5.太宰治「待つ」/6.宮沢賢治「どんぐりと山猫」/7.高見順「あるリベラリスト」

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