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宮沢賢治『どんぐりと山猫』

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どんぐりと山猫

宮沢賢治(1896-1933)『どんぐりと山猫』は大正一〇年(1921) の小説。当時の文章の書き方について、以下にみてみましょう。

原文(一部抜粋)

はひげをぴんとひっぱって、腹をつき出して言ひました。

「こんにちは、よくいらっしゃいました。じつはおととひから、めんだうなあらそひがおこって、ちょっと裁判にこまりましたので、あなたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆっくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまい年(とし)、この裁判でくるしみます。」

山ねこは、ふところから、巻煙草の箱を出して、じぶんが一本くはへ、
「いかがですか。」と一郎に出しました。一郎はびっくりして、
「いいえ。」と言ひましたら、山猫はおほやうにわらって、
「ふふん、まだお若いから、」と言ひながら、マッチをしゅっと擦って、わざと顔をしかめて、靑いけむりをふうと吐きました。

山猫の馬車別當は、氣を付けの姿勢で、しゃんと立ってゐましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらへてゐるらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。

そのとき、一郎は、もとでパチパチ鹽のはぜるやうな、をききました。びっくりして屈んで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、黄色いろの圓いものが、ぴかぴかひかってゐるのでした。

よくみると、みんなそれは赤いすぼんをはいたどんぐりで、もうそのときたら、三百でも利かないやうでした。[1]

解説

異体字

  1. 靑:青(あお)/靑は丹(井戸の中の染料)と声符の生(あおい草が生じる)とで、あおい草の色をした染料、あおい意を表わす。
  2. 當:当(トウ)/葛西『子をつれて』既出の異体字
  3. 氣:気(キ)/気は氣の略体。米+气(水蒸気がたちのぼる形)。水蒸気・いきの意。
  4. :塩(しお)/塩は鹽の通俗体。鹵(しおの結晶)+監(→厳、きびしい)。刺激のあるしおの意。
  5. :円(まるい)/葛西『子をつれて』に既出の異体字。
  6. :数(かず)/数は數の通俗体。攴(うつ)+婁(不断に続く)。うってつづけさせる、つづいたかずの意。[2]

歴史的仮名遣い

「まあ、ゆっくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。」

「ぢき」は現代仮名遣いでは「じき」と書きます。また「」「せう」は「イ」「ショー」と発音し、現代仮名遣いでは「い」「しょう」と書きます。「私は」と書いて「ワタシワ」と読む法則と同じです。

概要

賢治の童話は見事なまでの岩手県へ没入と、自然と科学知識を融合させた個性的な世界観で読む者を魅了してやみません。『どんぐりと山猫』は、最初から最後までかわいらしくもほっこりしたお話。

上記原文に出てくる「一郎」というのは人間の男の子で、「どんぐりと山猫」の主人公です。一郎は、山から裁判のお誘いのはがきをもらったので、山猫に逢いに森の中へ入り、山猫と初対面した場面が上記原文となります。

補註

  1. 伊藤整他 編集『日本現代文学全集40 高村光太郎・宮沢賢治集』(講談社、1963年)より引用。
  2. 林大(監修) 『現代漢語例解辞典』(小学館、1996年 )参照。

近代文学

はじめに漱石葛西/賢治/太宰安吾高見

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