はじめに
江戸時代の古文書の証文類を読み進めていくと、何故そのような書き方をするのか、現代と違っておかしいじゃないか、と疑問に感じたことはありませんか?[註] その理由と答えが、以下の様式の歴史にあります。
古代
奈良時代:公式様文書
- 詔書・勅書・令旨:天皇・皇族文書
- 太政官符・官牒:上意下達
- 解(げ):下意上達
平安時代:公家様文書
- 宣旨(せんじ):天皇文書
- 官宣旨(かんせんじ):太政官文書
平安~江戸時代
奉書:間接的伝達方式
概要 | 様式 | 平安時代 | 鎌倉時代 | 室町時代 | 江戸時代 | |
御教書 | 私的意味の文書。 | 本文から書き始める。 | 摂関家などの家司が上位に奉じて出す。 | 幕府連署が将軍に奉じて出す。 | 広く使用。 | 奉書の称に集約。 |
政所下文 | 被官に下す、お役所風文書。 | (書出)何々家政所下 | 政所の家司が下す、荘園等に関する文書。 | 幕府政所が下す。 | 無くなる。 | - |
下知状 | 武家の命令書。 | (文末)下知如件 | - | 新式の文書。 | 広く使用。 | 左同。 |
中世:武家様文書
直状:直接的伝達方式
- 袖判(そではん):下文の一。将軍が花押を記して下す。
- 御内書(ごないしょ):室町将軍が出す、比較的内々の意味のもの。
- 印判状(いんぱんじょう):花押の代わりに印章を捺(お)した文書。小田原北条氏の虎朱印が有名。印章を押す位置は家によって異なる。私事や軽微な用途は黒印、一般に民政は朱印を用いた。
鎌倉、室町時代、将軍の命令を下達するのに奉書式(間接的伝達方式)の文書が用いられました。これと異なり書下(かきくだし)は、奉行がその責任において下す直状様式の文書。
また将軍の発給する文書として、書状とほとんど変わることがない御内書(ごないしょ)という様式が発生。一方、宋元文化の影響によって武家の間に印章が用いられ、ここに印判状が発生、次第に広まりました。
以上、だいたい下文・下知状・御教書・書下・印判状の五種が中世武家文書の根幹をなした様式です。
補註:古文書学について
様式に対する疑問は、教室で幕末の下知状を読んでいた際に受講生から挙がったもので、私ではなかった――のですが(笑)、表題もなく、いきなり本文から始まるその文書に対して、それもそうだなと思いました。
かくしてこれを機に、初めて様式の歴史にあたり(おい)、古文書学はくずし字以上に難しいと感じました。上記疑問を呈してくださった受講生は、私よりも読めるお方――というのもその証拠になるかと思います。
然しながら大学の史学科などは、古文書学から始まるのかもしれません。当サイトにしても、当カテゴリを入門講座に分類したのですが、これは単に消去法でそうなりました。
古文書のきほんにして、手ごわい古文書学。思いのほかサイトにおいては、改めて整理する際、かつてないほど時間もかかり、綸旨や院宣などの作成までには至りませんでした。けだし文章の中身ではなく様式からその時代の政治が意外にもうかがえるので、くずし字学習にはない面白さがあります。
参考文献
佐藤進一『古文書学入門』(法政大学出版局、1997年)「第三章 古文書の様式 第三節 武家様文書」118-119頁、「同章同節 五 印判状」177、182頁
古文書の様式
1.概要 2.詔書・勅書、太政官符など