表:江戸時代の文書
古文書(差出人・宛名、日付あり)
古文書 | 伝達関係 | 書き方 | 例 |
---|---|---|---|
公 | 幕府↔領主↔役人↔名主 | 直筆で候文 | 法度、高札(掲示板)、通行手形、宗門人別帳・人別送り状、願(名主→役人)、五人組帳、済口証文、村明細帳、村入用帳など。 |
契約 | 個人間 | 〃 | 奉公人請状(労働契約書)、金子証文(領収書)、離縁状、質地証文(田畑譲渡)、無尽、相続、遺言など。 |
手紙 | 〃 | 直筆または絵画や記号 | 方法は肉筆ほか、木版、印刷など。材料は紙ほか布帛(ふはく)など。 |
その他
その他 | 伝達関係 | 書き方 | 例 |
---|---|---|---|
私 | - | 直筆で口語文または候文 | 日記、覚書(メモ)、扁額、帳簿、系図、家訓など。 |
生活 | 版元→大衆 | 刷物(印刷物)で口語文(変体仮名) | 伊勢暦(カレンダー)、お札、おまじない、育児書、医療情報、教育:百姓往来・女大学など。 |
人文 | 〃 | 〃 | 小説、かわら版(新聞)、鯰絵、ルポ、浮世絵、旅行、料理本、植物図鑑、政治、経書など。 |
解説
江戸時代の古文書といっても多種多様。くずし字の学習を始める前に、この時代にはどんな文書があるのか、全体像をつかみましょう。
分類にあたっては、当時の平均的な村の本百姓を想定。彼が間接的に関わる文書や、村や地主から借りて読むことが可能であろう書物(昔は個人で買うでなく廻し読みが基本)を思い浮かべて列挙。そうしてまとめあげたのが上の表です。
思いかげず、今現在と文書を取り巻く環境に余り変わりがありません。法令・パスポート、領収書・離縁状から日記、カレンダー、小説・新聞・料理本…。現代にある文書や書物は、江戸時代にほぼ出揃っています。
ところで古文書とは専門的な定義によれば、表のその他に分類した文書、則ち差出人・宛名、日付が明確でないような文書は概ね除外されるようです[補註]。これはあくまで分類上の問題であり、その他の文書が歴史的価値がないと言いたいわけではないのであしあらず。
さて、江戸時代と現代とでは文章の「書き方」が全く違います。それでは解読するに、難易度が高い文書は何でしょう。それは手紙や個人の日記で、何が書かれているのか当てがつかず、乱文の場合も多く難しいです。
これと対象的なのは、公・契約・生活関係の文書。例外もありますが公的文書や暦などは、現在と同じく概ね様式が決まっているので、フォーマットさえ覚えてしまえば、あとは応用みたいなところがあります。
人文関係も当てがつきませんが、出版物(刷物)は文字が苦手な人にも手に取ってもらえるよう、工夫をこらして商売している分、漢字には振り仮名付きのものも多く、比較的読みやすく楽しめるでしょう。
補註:古文書の定義
「差出人と受取者とが必ずなければならぬ。…いずれにするも、差出者から受取者に向かって用事を書いてやるものであるから、それ相応の様式がともなうこととなる。すなわち書式の上に差出書・充書・事実書(要件書)および日付が普通あらわされてある。」伊木壽一『日本古文書学』(雄山閣出版、第三版1990年)「第二章 定義」41-49頁
「現在の私の考えでは、この規定は少し狭すぎるようである。つまりここで述べたように、甲から乙への意思の伝達の手段として作成されるのが文書だとすると、例えば律令制下に作られた戸籍・計帳、中世の図田帳・検注帳、近世の郷帳・宗門改帳等は…もともとこれらの諸帳簿は人民管理のために作成して、中央・上級の機関に常時保管しておくべきもので…帳簿と現実との合致如何を確かめる、つまり管理のための照合がその機能であって、授受関係の有無は一時的な意味をもたない。」佐藤進一『古文書学入門』(法政大学出版局、1997年)「第一章 古文書と古文書学 第一節 古文書とは何か 補註一」2頁
古文書概論
5.古文書の種類 6.最初に覚えること