解説
概要
往来物(おうらいもの)とは、庶民の初等教育に用いられた教科書のこと。
『世界商売往来』は、明治四年(1871)刊行の橋爪貫一著作。江戸時代が終わり、西洋との交易が始まり外来語が増え、分かりにくいので作られました。絵入りで、世界の「品物の名前」を列挙。
本書は一見、新しい教科書のように見えますが前例があります。
三〇〇〇年前と同じ!?
識字教科書の歴史は古く『小学算術書』にも書きましたが、約三〇〇〇年の歴史があります。
完全な形で今に残るは、前漢の元帝の時代(前四九-前二三)に「黄門令」という官にあった史游(しゆう)が作った『急就篇』(きゅうしゅうへん)という教科書。
商品のキャッチコピーのような出だしに続いて『急就篇』の本文がはじまり、人の名前に使われる漢字が延々と続きます。官吏採用試験に合格し、役所で文書を書くようになると頻繁に書くのが人の名前だからです。
そのあとに続くのは、具体的な器物や服飾また病気の名称などを意味する、きわめて多岐のジャンルにわたる漢字群。すなわち日常生活で使われる語彙の文字を覚えさせます。最後は格言集で、儒学の基本的な思想や社会生活上での処世訓などで、以下の句で始まります。
「宦(かん:官職)につくに学び諷す(そらんじる)べきは『詩』『孝経』『論(語)』『春秋』『尚書』、律令の文、礼と掌故(しょうこ:故実)を治めて身を砥厲(しれい:修養)し、知恵通達すれば見聞多し。」
『商売往来』の変遷
江戸時代
元禄七年(1694)、京都の手習師匠・堀流水軒(ほりりゅう-すいけん)著『商売往来』が、大坂の高屋平右衛門より刊行。
帳面類、貨幣、商人に必要な教養から、衣料・食物・家財道具・薬種香料など商品の語彙を二九六も列挙。商人のみならず多くの人々に役立つ教科書として、幕末まで二〇〇集種以上の版を重ねました。
『百姓往来』(文政三)は、編集方式を『商売往来』に倣(なら)いましたが、現代人はもとより当時の子供も難しかったらしく、より平易なものが追及されました。
かくして『商売往来絵字引(えじびき)』が登場。この書は儒教徳目の礼・楽および射(射芸)・御(馬や車を扱う)・書・数から始まって、本編では文の間に挿絵を入れてた『商売往来』です。
明治時代
明治に入り、近代化を目指す新政府のもとで作られた『世界商売往来』は、(福沢諭吉が大嫌いな)儒教徳目はバッサリ削られ、世界の国名から始まり、世界の品物を列挙。すなわち船の構造、武器の種類、航海道具、旅館や商家の人々、洋服・装飾品、雑貨、料理器具、馬の道具、農機具、植物の種類、魚の種類…など。
現在においては本書を読むことで、当時の外来語の日本語表記を知ることができます。また、言葉の歴史をひも解くことができるでしょう。
参考文献
- 阿辻哲次『漢字の社会史』(吉川弘文館、2012年)「第三章 規範の確立 3漢字教育の歩み 最古の文字学書『史籀篇』」114-120頁
- 菅野則子「第二章 寺子屋の教科書を読む」 『入門 古文書を楽しむ』(竹内書店新社、2000年)42-61頁
史料情報
- 表題:世界商売往来
- 年代:明治4(1871)/橋爪貫一 著・加藤雷州 画
- 埼玉県立文書館寄託 小室家文書3378
- 当サイトは同館から掲載許可を頂いてます。
- ※無断転載を禁止します。