全く違う
「古文書をやってます」と言うと「漢文?」と聞き返されることがあります。無理もありません。
江戸時代の文書は一般に、候文(そうろうぶん)と呼ばれる漢字だらけの文章。古文書の特徴で見ていただいた通り、一見すると漢文のようです。しかし解読してみると、現代日本語と語順がさほど変わりがないことがわかります。則ち古文書といえど、あくまで「日本語の」文書なのです。
これに対して漢文は、昔の中国=外国の文書。くずし字でなく活字の解読といえど、日本語の語順で読んでも全く意味が通じません。
漢文の一例
以吾従大夫之後不可徒行也 『論語』先進08
- 返り点:以[三]吾従[二]大夫之後[一]不[レ]可[二]徒行[一]也
- 読み順:吾→大夫之後→従→以→徒行→可→不→也
- 訓読:吾(わ)が大夫(たいふ)の後(しりへ)に従(したが)へるを以(も)つて、徒行(とかう)す可(べ)からざるなり。
- 現代語訳:私(孔子)も大夫の末席についているからには、徒歩で歩くわけにはいかない。
- 時代背景:士大夫(したいふ)は士と大夫。大夫(たいふ)は士の上の官吏。馬車に乗り、徒行しないのが慣習であった[註1]。
古文書(候文)
- 返り点:有之(これあり)、可仕(つかまつるべく)、被仰付(おおせつけられ)など返読文字が出てくるが、返り点を打たなければ解読できないほど文章全体がひっくり返ることはない。
- 読み下し文(読み方):くずし字解読できれば、読み方にそれほど苦労することはない。
- 現代語訳:時代背景を知らないとくずし字が解読できても、意味が通じないのは漢文と同じ。
読書人とは
中国では、皇帝のもとで統治に参画する官僚および官僚予備軍を士大夫と総称します。この士大夫は同時に読書人(どくしょじん)であり、この場合の読書の「書」とは漢文を指します[註1]。
日本においては、近世儒者の藤原惺窩、林羅山、新井白石、荻生徂徠などが代表的な読書人。また日本人が大好きな武士が藩校で何を学んだのかといえば、官学である儒教(朱子学)です[註3]。
最初に覚えることでも少し触れましたが、歴史学、特に江戸時代を研究するにおいては儒教の位置付けが、その後の分かれ道になると思います。
漢文解読に古文書解読のノウハウはびっくりするほど通用しません。小中高で習ったことすら「無」。科挙(官吏登用試験)と現在の大学受験とでは学問体系が根本的に違い、語順がひっくり返るどころの話ではありません。
然しながら一応(学校教育によって)漢字にアクセスできる身としては、漢文(経学・詩文含む)は難しい分だけ面白いです[註4]。
補註
- 平岡武夫『全釈漢文大系 第一巻 論語』(集英社, 1980年 )参照。『礼記』王制編に「君子の耆老(きろう/耆は六〇、老は七〇)六〇~七〇の老人は徒歩せず」という。(同書参照)
- 土田健次郎『儒教入門』(東京大学出版会、2011年)124頁 参照。
- 頼祺一 編『儒学・国学・洋学(日本の近世)』(中央公論社、1993年)に詳しい。
- 歴史学者の読書人として思い当たるのは北島万次先生。遺作『豊臣秀吉 朝鮮侵略関係史料集成』には、お仲間と大変ご苦労して解読された朝鮮王朝実録(漢文)が収録されている。
古文書概論
1.古文書(こもんじょ)とは 2.特徴 3.文字の種類