現代語訳
○欧羅巴(ヨウロツハ)の部
和蘭(オランダ):この国は、西北は暎咭利(イギリス)、東は独逸(ドイツ)、南はフランスである。
国中を七十二州にわけて、都は「アムステルタム」と言う。人物は柔和して天文に詳しく、風雨時候をよく知り、海上を自在に廻り、諸国と交易し、利を得ることが少なくない。
今、通商する蘭舶はオランダ船である。オランダは、中国・インド・日本の南海にあたり、長崎より四千里である。長崎は寛永年間、オランダ人が切り開いて城郭を構え、もっぱら諸国へ船で往来したので、いよいよ貿易・売買の道がひらけた。
日本はオランダに五ヶ年目に税を賦課の上、貿易を許可した。これによってオランダ人は、母国を五月上旬に出航して八月下旬長崎へ入船した。オランダは日本より西北にあたり、里数二万二千九百リ、北極を出ること四十九度から五十五度回る。
MEMO
幕末・黒船来航に伴い、当瓦版ではオランダの、人や日本との貿易の歴史等について紹介。描かれている絵は、右上はオランダ人、左上はイギリス人、右下はフランス人、中下は北アメリカ人、左下はロシア人です。
史料情報
- 表題:[欧邏巴人図]/年代:近世
- 埼玉県立文書館収蔵 増田家文書400
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瓦版
オランダ人と貿易1・その2