解読文
傭工虎(えうくわうとら)を画(ゑがく)とすは。其形象(そのかたち)猫(ねこ)に髣髴(にた)り。此事(このこと)、本据(ほんきよ)なきにあらす。
唐山(もころし)には、虎(とら)をさして、大蟲(たいちう)といゝ又山猫(さんめう)と揮号(となふ)。大ひなるは牛(うし)の如(ごと)し、小(せう)なるは犬(いぬ)の如し。
容貌(えうばう)猫(ねこ)に似(に)て、尾足(びそく)長(なが)く。全体(ぜんたい)黒色(こくしよく)の浮文(ふもん)あり。眠るときは、孺子(わらべ)の如(ごと)く、嘯(うそふ)くときは、風(かぜ)を起(をこ)し。
憤怒(いかり)を発(はつ)すれば、鉄石(てつせき)を砕(くだ)き、是に対(たいす)る者。身命(しんめい)を彼(かれ)が腹中(ふくちう)に投(なけう)つ、然(しかれど)忠義獣(ぢう)にして、能(よく)人語(じんご)を聴分(きゝわけ)感(かん)ずれは、害心(がいしん)を退(しりぞ)け、却(かへ)て、人の為に益(ゑき)あり。
干時(ときに)万延元年庚申初夏(しよか)阿蘭陀(おらんど)本国(ほんこく)の通商官(つうしやうくわん)皇朝(くわうちやう)の新港(しんこう)横浜(よこはま)の地(ち)へ、一疋(いつひき)の於兎(とら)を持渡(もちわた)れり。
抑(そも/\)虎(とら)の霊(れい)あるや。一度(ひとたび)目(め)に触(ふる)る輩(ともがら)は。悪病(あくびやう)に犯(おか)さるゝ愁(うれい)なく、小児(せうに)は疱瘡(はうそう)疹(はしか)を軽(かろ)くし、五疳(ごかん)を押(おさ)へ、驚風(きやうふう)を慎(しづ)むといへりかな、
霊獣(れいじう)を空(むなし)く、辺土(へんど)に屈(くつ)たらしめんことの遺憾(いかん)に絶(たえ)ねば、今般(こたび)若干(そこばく)の代(ちん)を以て彼地(かのち)より買(まかな)ひもとめ大都会(たいとくわい)の諸君子(しよくんし)の。
高覧(かうらん)に備(そな)ふことはなしぬ。実(じつ)に今昔(こんじやく)未見(みけん)の奇物(きぶつ)。万里(ばんり)を隔(へだ)ちし異国(ことくに)の大猛獣(だいもうぢう)を居(ゐ)ながら、見(み)給ふこと。泰平(たいへい)の御恩沢(ごおんたく)に欲(よく)する徳(とく)といふなるべし 太夫元に代りて 仮名垣魯文述
解説
一見難しそうな印象を受けますが、そんなに解読が難しくない古文書というか瓦版です。しかし非常に細かく文字量が多いので、参考程度にくずし字と解読文を見ていただければと思います。
史料情報
- 表題:[寅見世物絵]
- 年代:万延元/一登斎芳豊 画、仮名垣魯文 述
- 埼玉県立文書館収蔵 小室家文書5779
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