解読文
原文
- 来ル七月上旬より西両国にかねて奉御覧ニ入候
- 虎嘯生風 龍吟起雲/嘯て五月の 風やおこしなん 我君が代に わたる虎の子
- 一龍齋芳豊画
現代語訳
- 表題:来る七月上旬より、虎を西両国にかねて御覧奉り入ります。
- 漢詩:うめき声を上げる虎の生風で、龍がうなり雲が起きる
- 和歌:うめき声を上げて五月の風をおこすだろう、天皇の治世に渡る虎の子は
- 画家:一龍齋芳豊
本文:虎を描く時は、その形は猫に似ている。これは根拠ないことではない。唐では、虎を指して大蟲(たいちゅう:トラの別名)と言い、また山猫と名付けられているからだ。大人の虎の大きさは牛、子供は犬くらいである。容貌は猫に似て、尾や足は長く全体に黒色の文様がある。眠る時は子供のようだ。
鳴き声を上げる時は風を起こし、憤怒すれば鉄石を砕く。これに対する者は、身命を相手の虎の腹に投げることになるだろう。反面、忠義の獣でよく人語を聴き分け感ずれば、害を加えようとする心を退け、却って虎は人の益になる。
時に万延元年庚申初夏にオランダ本国の通商官が、日本の新港横浜の地へ一疋の虎を持って渡って来た。そもそも虎に霊力があるだろうか。一度目に触れた輩は、悪病に犯される愁いなく、小児は疱瘡(ほうそう)疹(はしか)を軽しく悪寒・発熱等を押え、癇癪(かんしゃく)等を鎮めると言えるだろう。
この霊獣を空しく思い、僻地の日本で飼われることの遺憾に絶えねば、この度いくらかのお代で彼の地より虎を買い求め、大都会の諸君子の御観賞に備えることはできない。
実に今昔未見の奇物、万里を隔てて異国の大猛獣を居ながらにして見られることは、泰平の御恩沢を受けた徳と言うのだろう。太夫元に代わって仮名垣魯文 述 >>原文解読文
解説
見世物は江戸・上方を問わず大衆の娯楽として人気がありました。この度、両国広小路に登場するのは猛虎ですが、実は豹。当時は虎と豹の区別が明確ではありませんでした。本物の虎が江戸にお目見えするのはこの数年後になります。
参考文献
- 稲垣史生(監修)『江戸の大変 かわら版〈天の巻〉地震・雷・火事・怪物』(平凡社、1995年)「オランダ産猛虎ほえる」44-45頁
史料情報
- 表題:寅見世物絵
- 年代:万延元/一登斎芳豊 画、仮名垣魯文 述
- 埼玉県立文書館収蔵 小室家文書5779
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