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絵入知慧の環その14

花見と夏の涼み方

明治六年の教科書(往来物)『絵入知慧の環』から、花見と夏の涼み方を紐解きます。

史料

花見と涼み

※無断転載禁止

解読文

右頁:はるは はなみ、左:なつは すゞみ

MEMO

右頁「はる」の「る」が「は」と合体して少々解読しづらくなってます。「はなみ」の「は」は「者」を、「な」は「奈」をくずした変体仮名。左頁「なつ」の「な」も「奈」をくずした変体仮名。「すゞみ」の「す」は「春」をくずした変体仮名で、前の字を繰り返す記号「」に濁点をつけて「すずみ」と読みます。

解説

花見

江戸時代、三月三日の雛祭りが終わると花見の本番。女性はこの日のために、正月用の小袖を花見小袖と仕立て用意。人々を江戸の桜の名所は多く、上野山内は早吹きから遅咲きまで各種あり、秋色桜(しゅうしきざくら)が有名。桜のほか桃、梨、山吹、つつじなどが咲き揃います。

花見では文字通り貴賤、老若男女、男女入り混じって、春の一日を飲んで歌って騒ぎました。また四~五日は奉公人年季交代にあたります。

涼み

陰暦五月も半ばも過ぎると、江戸は蒸すような暑さに見舞われはじめ、涼を求めて川辺や海岸などに出かける人がいました。二八日、花火の大音響とともに告げられるのは両国の川開き。

夏祭りの締めくくりは六月一五日の山王祭。土用の丑の日には鰻を食べて力をつけました。

また江戸では七月二六日の二十六夜待ち(にじゅうろくや‐まち)が盛ん。この日、月は三つに分かれて輝き、その光の中に阿弥陀三尊が現れると言います。三尊を拝むため、人々は高台や川辺など月の名所に集まり、あるいは船を浮かべたりして、月の出を待ちました。芝高輪の海辺や湯島・神田の高台が賑わいました。

特に高輪の二十六夜待ちでは、立ち並ぶ食べ物屋台に、水菓子売り、寿司屋、冷水売り、二八蕎麦屋、団子売りなどが並びました。

  

史料情報

史料情報

  • 表題:絵入知慧の環 初編上
  • 年代:明治6.5(1873)/出所:古川正雄著/宛所:岡田屋嘉七/形態:竪帳
  • 埼玉県立文書館寄託 小室家文書4197
  • 当サイトは埼玉県立文書館から掲載許可を頂いてます。
  • ※無断転載を禁止します。

絵入知慧の環

1.絵入知慧の環とは/2.いぬ、にはとり/3.わらび、ねこ/4.いのしし、おほかみ

5.さくら、みかん/6.数字の読み方/7.父母の書き方/8.父母の呼び方/9.東西南北、左右上下

10.天地、日月/11.草木/12.日のいづるかたに/13.春夏秋冬/14.花見、涼み

15.月見、雪見 16.歳時記/17.耕起 18.田植え 19.稲刈り 20.脱穀

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